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| 西岳神社 |
冠岳三所権現のひとつで頂からの雄大な眺めは格別です。また、かつて西岳を歩いた歌人与謝野鉄幹が「風の中枯れしすすきの原に入る冠岳の北側のみち」と詠んでいます。
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| 煙草神社 |
その昔、蘇我馬子が崇峻天皇の怒りにふれて流され、後に都へ帰るとき、大岩戸神社の洞窟に記念に煙草をまいたとの言い伝えがあり、珍しい野生の煙草が自生していることから煙草神社と呼ばれるようになりました。
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| 材木岳 |
自然の岩石が積み重なった様子が材木を積んだように見えることから材木岩とも呼ばれ、様々な言い伝えが残されています。
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| 阿弥陀堂 |
天台八代の名僧と言われる成賀上人が中岳岩屋から阿弥陀尊像をそこに移したと言われています。
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| 虚空蔵洞 |
洞窟の中には大山祗神を祀った岩屋神社があり、ここに虚空蔵菩薩の像が安置されていたことから、今もその名が残されています。
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| 経 塚 |
仏教を後世に伝えるために経塔・経筒・経石・経瓦(法華経の文句が書写、あるいは刻書したもの)などを埋めたものを経塚と呼び、平安の中期から近代までつくられ、後にこの風習は追善供養のために行われるようになりました。
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| 中岳神社 |
祭神は予母津事解男命で、本地薬師如来が安置してあり、中岳熊野権現社と呼ばれ、冠岳の三所権現として尊信を集めていました。近くには、高さ30余m、まわり約110mもある奇峯中宮岩があります。
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| 不動尊洞 |
仙人岩の西側の絶壁の中腹にあり、洞窟の奥には高さ1mあまりの青銅づくりの金仏、不動尊が安置され、霊験あらたかであるとして今も尊信を集めています。
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| 天狗岩 |
自然の巨石が足場の悪い所に積み重なっているが、人力では不可能だというところから、天狗岩と名付けられ、「三国名勝図会」にも「天狗のすむ所」と書かれています。
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| 冠岳神社 |
三十一代用明天皇のころ、蘇我馬子が勅願所として建てた熊野三所権現のひとつで、祭神は櫛御気野命(素佐之男命)。4月と11月に例祭が行われます。
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| 熊野権現堂 |
六世紀末、冠岳に紀州熊野より用明天皇の勅願にて勧請され、この地の鎮守として信仰されてきた阿弥陀如来、薬師如来、千手観音を本地仏とする冠岳三山(東岳・中岳・西岳)を守る熊野権現を祀る御堂。
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| 不動堂 |
日本の南を守り、この冠岳より世界の息災と豊饒を祈る目的で神戸鏑射寺より勧請された総高八尺余、一木造りの黄不動明王を祀る。
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| 傘 石 |
まるで傘を閉じたような形をした岩で、上部が大きく、下部は小さいのに直立している盤石不動の姿をたたえて不動石とも呼ばれています。
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| 白山神社 |
中岳神社から西へ約300m引き返し、そこから北に30m入ったところに白山岩があり、この岩の中腹の小さなほこらが白山権現社で中岳神社の末社になっています。
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| 弘法大師 |
平安時代の僧で、日本における真言宗の開祖であり、書道においても三筆の1人。
20歳で出家し、金剛峯寺の建設の他、土木工事にも尽くし、著作も多く残されています。
また、旅僧として諸国遍歴をしたといわれ、弘法伝説として各地に残る様々な伝説があります。
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| 冠嶽園(かんがくえん) |
徐福の伝説が残され、古代山岳仏教の地である冠岳は、中国とゆかりの深い所であることから、中国とのより一層の友好関係を深めたいとの願いからつくられた中国庭園です。
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