ホーム > 教育・文化・スポーツ > 文化 > 文化財資料 > いにしえの香り > 令和8年度いにしえの香り > いにしえの香り~わが町の文化財紹介No.15(8月20日号掲載)
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更新日:2026年10月20日
市来の大里門前集落にあった金鐘寺は、室町時代の永和3(1377)年、当時市来を支配していた市来氏によって建立されました。はじめ島津氏初代忠久の生母と言われる丹後局(たんごのつぼね)が建立したと伝わる万年寺(まんねんじ)がありました。その寺が衰退したあとに金鐘寺が建てられ、曹洞宗(そうとうしゅう)の寺となりました。寺禄(※1)は700石で、往時は七堂伽藍(※2)が建ち並び、49の末寺を持つ大きな寺でした。しかし市来氏の滅亡とともに次第にその勢いは衰え、明治の初めの廃仏毀釈で廃寺となりました。
金鐘寺初代の了堂和尚は、大和(現在の奈良県)の生まれで、中国の明に修行のため渡ろうと大阪堺の港を出船しましたが途中で台風に遭い、串木野羽島にたどり着きました。そこでしばらく庵を結んでいたとき、市来氏が金鐘寺を建て、了堂和尚を迎えて開山としました。市来氏は恐らく了堂和尚が高僧であることを知っていたのでしょう。了堂和尚はその後大和に補巌寺(ふがんじ)を建てました。(No.16につづく)


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