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更新日:2026年11月5日
激動の幕末、薩摩藩英国留学生の一員に選抜され、アメリカ留学を経て1868年に帰国。明治新政府に登用され、主に外交関係の要職を歴任すると1871年、25歳で実質的な日本初の外交官としてヨーロッパに派遣された鮫島尚信。貴族外交が主流のヨーロッパで、東洋の島国から派遣された若者は想像を超える苦労を重ねながら、諸外国との信頼関係を築き不平等条約の改正に向けた交渉や、お雇い外国人の招聘、留学生や在欧邦人の世話、岩倉使節団のアテンド、日本初の外交手引書『Diplomatic Guide〜外国交法案内〜』の刊行など、多くの成果を上げています。しかし、1880年、激務に倒れ、パリで客死。35年の短い人生でした。近代日本の外交史において数々の功績を残しながらも、若くして亡くなったこともあり、日本の世界デビューの影の立役者とも言える鮫島の存在そのものが広く知られることはありませんでした。今回の企画展では、西洋美術史及び日仏美術交流史研究の第一人者である三浦篤氏(東京大学名誉教授、大原美術館館長、國學院大学教授)をナビゲーターに、鮫島家当代・弘武ご夫妻、三縁亭店主のご子孫・小城百合子氏、鮫島との数奇な縁を語る松田清氏や現役の外交官など、鮫島ゆかりの方々の声を集めたドキュメンタリー映像を目玉に、国家を再編するために外交に命をかけた男の今へと続く熱い想いを探ります。
時代が明治に改まると、文明開化の掛け声のもと、政治や軍事、文化や芸術など、生活のすべての分野で急激な西洋化が進んでいきました。そんな中、東京芝公園に草分け的な本格西洋料理店「三縁亭」を構えていた小城久次郎は、ある日、麹町の小道具屋に掲げられていた一枚の肖像画の前で足を止めます。大礼服を纏いシェブロン髭を蓄え、静かにこちらを見つめる気品と憂いに溢れた表情が印象的な肖像画の主である青年紳士は、若き日の小城がフランスで仕えた日本初の外交官「鮫島尚信」でした。小城はこの恩人とも言える鮫島の肖像画をすぐに買い求め「三縁亭」の店内に飾ります。肖像画の制作者は、後に明治洋画界の先駆者とされる山本芳翠で、フランス留学中に世話になった恩人鮫島を描いたものでした。現在は、紆余曲折を経て東京大学の駒場博物館に収蔵されています。
今回は過去と未来を結ぶ、数奇な運命を辿った一枚の肖像画を柱に関係者からお預かりした貴重な資料をもとに展開いたします。
休館日:火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)・12月29日~12月31日
*お正月は元旦から営業します。
名称 |
薩摩藩英国留学生記念館 |
|---|---|
住所 |
いちき串木野市羽島4930番地 |
電話番号 |
0996-35-1865 |
ファクス番号 |
0996-35-1105 |
ホームページ |
常設展観覧料(大人300円、小人200円)で観覧できます。
薩摩藩英国留学生記念館
後援:外務省
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